胆管炎、嫌気性菌カバーするか否か問題

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胆管炎で嫌気性菌カバーは必要?

先生、胆管炎の治療の際は腸内の嫌気性菌の関与も考えて、抗菌薬も嫌気性菌カバーすることが多いと思うんですが、例えば血液培養で大腸菌のみ検出された場合、大腸菌をターゲットに嫌気性菌を無視して狭域化してもいいんですか?

いい疑問だね。胆管炎に限らず、嫌気性菌は培養で生えにくいから、”見えないけど関与しているはずだろう”と思いながらカバーすることが多いよね。本当にカバーする必要があるのか、疫学や臨床研究を参考に確認してみよう。

急性胆管炎における嫌気性菌の関与率


急性胆管炎では、主な起因菌は大腸菌やクレブシエラなどの腸内細菌目細菌やエンテロコッカスなどの腸球菌ですが、嫌気性菌(例えばBacteroidesClostridium)も一定割合で検出されます 。東京ガイドラインの報告では、胆汁培養からの嫌気性菌分離率はクロストリジウム属で約3~12.7%, バクテロイデス属で0.5~8%程度とされています [1] 。多くの場合、嫌気性菌のみが単独で感染を起こすことは少なく、好気性菌との混合感染として検出されます 。また、重症の胆管炎ほど嫌気性菌が検出されやすいとの報告もあります 。近年のレビューでは、症例により最大50%の急性胆管炎で嫌気性菌が検出されたとするデータも示されており(重症例や特殊な状況下では検出率が高まる可能性) [2] 、嫌気性菌の関与は無視できないものの、通常はグラム陰性菌主体の混合感染の一部を占めるにとどまると考えられます。

胆汁培養から分離された微生物分離された菌の割合(%)
グラム陰性菌
Escherichia coli31–44
Klebsiella spp.9–20
Pseudomonas spp.0.5–19
Enterobacter spp.5–9
Acinetobacter spp.
Citrobacter spp.
グラム陽性菌
Enterococcus spp.3–34
Streptococcus spp.2–10
Staphylococcus spp.0
嫌気性菌4–20
その他

[1, 5]より抜粋・改変

ドレナージ前後での嫌気性菌の臨床的意義の変化


早期の胆道ドレナージは急性胆管炎治療の要であり、これにより胆道内の嫌気的な環境が改善し細菌負荷が減少します。ドレナージ前は胆道閉塞により嫌気性菌も増殖し得ますが、ドレナージ後は胆汁の通流が回復して嫌気性菌の増殖は抑えられると考えられます。そのため臨床的にも、ドレナージ(ソースコントロール)後は広域抗菌薬を継続せず早期にスペクトラムを狭域化(de-escalation)しても予後は悪化しないことが示されています 。実際、十分なドレナージと適切な抗菌薬により感染がコントロールされた後は、嫌気性菌カバーを中止しても治療成績(死亡率や再発率)に差がないとの報告があります [3] 。一方で嫌気性菌カバーを不必要に続けることは、耐性菌(例:VRE)の台頭を招くリスクが指摘されており [3] 、ドレナージ後は必要最小限の抗菌薬に減弱することが推奨されます。

ガイドラインにおける推奨(嫌気性菌カバーとde-escalation)

東京ガイドライン2018(TG18)やIDSAガイドラインでは、急性胆管炎の経験的治療について重症度やリスク因子に応じた抗菌薬選択が推奨されています。軽症~中等症の市中感染胆管炎で特別なリスク因子がない場合、第1~3世代セフェム系単剤など嫌気性菌を必ずしもカバーしないレジメンで十分とされています [4]。実際、最新の東京ガイドライン/IDSAでは「嫌気性菌に対する追加治療は原則不要」とされており、メトロニダゾールなどの追加は推奨されません 。ただし、以下の場合には嫌気性菌カバーを含めるよう明記されています :

胆道‐消化管吻合術後(胆道と腸管が交通している場合)では腸内細菌叢由来の嫌気性菌関与を想定し、抗嫌気性菌薬の併用を推奨 [5]。実際、カルバペネム系やピペラシリン/タゾバクタム、アンピシリン/スルバクタム、第2世代セファマイシン系(セフォキシチン等)など嫌気性菌に有効な薬剤であれば追加のメトロニダゾール無しでも十分とされています 。

嫌気性菌による菌血症が判明した場合(血液培養でBacteroidesやClostridiumが検出された場合)は、明らかな嫌気性菌感染のエビデンスであり、メトロニダゾールなどによる嫌気性菌カバーを含めるべきとされています [4]。

一方、重症例(Grade III)や医療関連感染の場合は初期から広域抗菌薬(例えばピペラシリン/タゾバクタムやカルバペネム系)の使用が推奨されます 。これら広域薬はグラム陰性菌だけでなく嫌気性菌にも活性を持つため、重症例では結果的に嫌気性菌もカバーされます。ただしリスク因子がない限り、routineでの嫌気性菌カバー追加(例えばセフェム+メトロニダゾール併用)は推奨されない点が最新ガイドラインの共通見解です 。ガイドラインではまた、培養結果に応じたde-escalationを強調しており、原因菌が判明したらスペクトラムを絞ること、改善したら早期に抗菌薬を終了することが推奨されています 。特に感染源コントロール後の治療期間について、IDSAおよび東京ガイドライン2018は「ドレナージ後4~7日間」の抗菌薬投与を目安と提案しており 、過度に長期の投与は避けるべきとしています。近年では早期短縮療法への関心も高まっており、実際にドレナージ後の抗菌薬療法を4日間で打ち切っても安全かつ有効であることを示す試験結果も報告されています 。このように最新の指針では、適切なタイミングでの抗菌薬縮小・中止(de-escalation)が重要とされています 。

ドレナージ後に嫌気性菌カバーを外した場合の臨床成績


ドレナージ後に嫌気性菌カバーを中止しても、治療成績が低下しないことを示す臨床エビデンスが蓄積しています。例えば、急性胆道感染症(胆管炎・胆嚢炎)の患者約398例を対象とした後ろ向きコホート研究では、嫌気性菌カバーを含む抗菌薬群と含まない群で30日死亡+90日内再発の複合転帰に有意差はなく、両群で治療効果は同等でした [4]。一方で、嫌気性菌カバーを追加した群の方が入院期間が長引き、抗菌薬総投与期間も延長する傾向が報告されており 、不要なスペクトラム拡大が患者負担や医療資源の消費につながる可能性が示唆されています [4]。


また、菌血症を伴う胆道感染症を対象にした別の研究(前向きコホート解析)でも、ドレナージなどで適切に源コントロールを行い、血液培養で嫌気性菌が検出されなかった症例では、抗嫌気性菌薬を途中で中止しても再燃(再発)率や28日死亡率に差はないことが示されています [3]。古くからのエビデンスとして、嫌気性菌カバーの有無を直接比較したRCTも存在します。例えば1990年代のRCTでは、シプロフロキサシン単剤(嫌気性菌カバーなし)とセフタジジム+アンピシリン+メトロニダゾールの3剤併用を比較し、嫌気性菌の菌血症症例を除外した条件下で両群の治療成績(死亡率・熱の再発・入院期間など)が同等との結果でした 。この結果は、嫌気性菌の関与が確認されていない胆管炎ではメトロニダゾールなどを用いなくても十分治療可能であることを示唆しています [3]。以上より、ドレナージ後に培養結果を確認し、嫌気性菌の関与エVIDENCEがなければ積極的に嫌気性菌カバーをデエスカレート(中止)しても再発や予後に悪影響はなく、むしろ抗菌薬期間短縮や耐性菌抑制の観点で有益と考えられます。最新のレビューでも「嫌気性菌へのカバー省略は安全な抗菌薬適正使用の介入となり得る」と結論づけられています [4]。

菌血症の有無による嫌気性菌カバー継続の是非


血液培養で嫌気性菌が検出された場合は、その菌血症自体が重篤な嫌気性菌感染症(例えばClostridium属菌血症など)を意味するため、嫌気性菌に対する確実な治療(メトロニダゾール等の投与)を継続すべきです [4]。ガイドラインでも、嫌気性菌の菌血症が証明されたケースでは嫌気カバーを追加せよと明記されています 。一方で、菌血症を伴っていても血培で嫌気性菌が検出されていない場合(つまりグラム陰性や腸球菌など好気性菌のみの菌血症の場合)には、必ずしも嫌気性菌カバーを続ける必要はないと考えられます。実際、前述のエビデンスでは血培で嫌気性菌が陰性なら嫌気カバーを中止しても治療成績に悪影響はなかったことが示されています 。こうした知見から、菌血症症例でも培養結果に基づき抗菌薬を調整すべきであり、嫌気性菌が証明されなければスペクトラムを狭めることが可能です。総じて、菌血症の有無そのものよりも、菌血症で検出された病原体の種類(嫌気性か否か)が嫌気カバー継続の判断ポイントとなります。菌血症を伴う胆管炎では重症度が高い傾向にあるため初期治療は広域になりがちですが、嫌気性菌が関与しないと判明した段階で適宜デエスカレーションすることが推奨されます [3]。これは不要な嫌気性菌カバーを続けることで耐性菌のリスクを高める懸念もあるためであり、患者の安全確保と耐性対策の両面から、菌血症症例でもエビデンスに基づいた抗菌薬の狭域化が重要です。

まとめ

疫学的には、思ったより嫌気性菌カバーは必須ではないことがわかりました。一方で、リスク因子(重症例、胆道・腸管吻合術後)があるときの経験的治療では積極的に嫌気性菌をカバーし、ドレナージの有無や臨床経過と、血液培養の結果をみて嫌気性菌のカバーを外せないか再考すればいいってことですね。

そうだね。以下にポイントをまとめておこう。

参考文献

  1. Tanaka A, Takada T, Kawarada Y, Nimura Y, Yoshida M, Miura F, et al. Antimicrobial therapy for acute cholangitis: Tokyo Guidelines. J Hepatobiliary Pancreat Surg. 2007;14: 59–67.
  2. Nve E, Badia JM, Amillo-Zaragüeta M, Juvany M, Mourelo-Fariña M, Jorba R. Early management of severe biliary infection in the era of the Tokyo guidelines. J Clin Med. 2023;12: 4711.
  3. Wu P-S, Chuang C, Wu P-F, Lin Y-T, Wang F-D. Anaerobic coverage as definitive therapy does not affect clinical outcomes in community-onset bacteremic biliary tract infection without anaerobic bacteremia. BMC Infect Dis. 2018;18: 277.
  4. Simeonova M, Daneman N, Lam PW, Elligsen M. Addition of anaerobic coverage for treatment of biliary tract infections: a propensity score-matched cohort study. JAC Antimicrob Resist. 2023;5: dlac141.
  5. Gomi H, Solomkin JS, Schlossberg D, Okamoto K, Takada T, Strasberg SM, et al. Tokyo Guidelines 2018: antimicrobial therapy for acute cholangitis and cholecystitis. J Hepatobiliary Pancreat Sci. 2018;25: 3–16.

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